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2011年12月04日

1年ぶり「坂の上の雲」

実に1年ぶりですww

1年ぶり「坂の上の雲」

1年ぶりです(当り前ですがww)3年目はいよいよ佳境です。
総集編を見て、1年前を思い出しましたww

「坂の上の雲」HP ↓
http://www9.nhk.or.jp/sakanoue/

確か以前のブログでも書きましたが、渡辺謙さんのナレーションが凄くいい♪
(初回の全文・・・長いですが(笑))

1年ぶり「坂の上の雲」

「まことに小さな国が 開花期を迎えようとしている」

1年ぶり「坂の上の雲」

小さなといえば、明治初年の日本ほど小さな国はなかったであろう。

産業といえば農業しかなく、人材といえば三百年の間
読書階級であった旧士族しかなかった。

明治維新によって、日本人ははじめて近代的な
「国家」というものを持った。

1年ぶり「坂の上の雲」

誰もが「国民」になった。

1年ぶり「坂の上の雲」

不慣れながらその「国民」になった日本人たちは、日本史上の最初の
体験者として その新鮮さに昂揚した

1年ぶり「坂の上の雲」

この痛々しいばかりの昂揚が分からなければ
この段階の歴史は分からない。

社会のどういう階層のどういう家の子でも、ある一定の
資格を取るために必要な記憶力と根気さえあれば
博士にも官吏にも軍人にも教師にもなりえた。

1年ぶり「坂の上の雲」

この時代の明るさは、こういう「楽天主義」から来ている。

今から思えば実に滑稽なことに、米と絹の他に主要産業のない
この国家の連中が、ヨーロッパ先進国と同じ海軍を持とうとした。
陸軍も同様である。
財政の成り立つはずがない。

が、ともかくも近代国家をつくりあげようというのは
もともと維新成立の大目的であったし
維新後の新国民達の少年のような希望であった。


この物語は、その小さな国がヨーロッパにおける
最も古い大国の1つロシアと対決し、
どのように振る舞ったかという物語である。

主人公は、あるいはこの時代の
小さな日本ということになるかもしれない。

ともかくも、我々は3人の人物のあとをおわねばならない。


四国は伊予松山に、三人の男がいた。

1年ぶり「坂の上の雲」

この古い城下町に生まれた秋山真之は、日露戦争が起こるにあたって
勝利は不可能に近いといわれた
バルチック艦隊を滅ぼすにいたる作戦を立てそれを実施した。

1年ぶり「坂の上の雲」

その兄の秋山好古は、日本の騎兵を育成し
史上最強の騎兵といわれる
コサック師団を破るという奇蹟を遂げた。

1年ぶり「坂の上の雲」

もうひとりは、俳句、短歌といった日本の古い短詩形に新風を入れて
その中興の祖となった、俳人正岡子規である。



彼らは、明治という時代人の体質で

前をのみ見つめながら歩く。

登って行く坂の上の青い天に

もし一朶の白い雲が輝いているとすれば

それのみを見つめて坂を登って行くであろう。




1年ぶり「坂の上の雲」




この時代の日本に生きた人達が今の日本を見た時
どう思うだろう?そんな事を考えた。

けど、ある意味今の日本もこの時代と同じように大きな転機
にあるのかもしれない。そんな事も、見てて思った。










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Posted by takeyan at 22:01│Comments(0)独り言
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